失恋 おねえダンサー
東京で1日に何件か鑑定をしていると、たまにお客さんたちの都合が上手く調整できず、2、3時間空いてしまう事がある。そういった時は、銭湯にゆったりと浸かって時間を潰すなんてことをする。
銭湯に行ってみると、入口のところで目にするのだが、「東京銭湯 お遍路マップ」という地図がメインの冊子がある。昭和レトロの可愛らしいイラストの表紙のもので、お手頃価格の100円。それをちらちら見ると、まだ東京には銭湯がいっぱいあることが分かる。いっぱいあると言っても、偏りがあってね。港区はほとんど無いね。庶民メインの下町の方が多いわな。
上野駅周辺には数件の銭湯があって、値段もレンタルタオル付きで500円くらいだったりする。決して郊外のスーパー銭湯のように広々としてはいないし、古くからやっているところが多いから、改装していても、どこか古い柱が残っていたり、天井が昭和の風情を残していたり、トイレが不便だったりする。ロッカーのカギについている青色のゴムバンドが伸びいたりしてね。それを足首に引っ掛けて、湯船に浸かる。
カコンというプラスチックの洗面器の落ちる音が、湯煙の中に響いてきて、レンタルのくたびれたタオルを脇に置いて。
お店によっては、狭くても露天風呂まであったりしてね。すぐ隣りが高層のマンションで、決して広い空が拝めるわけではないが。そのマンションの住民が下を覗いたら、湯に浸かる私たちが見えるのではないかと思ったりもするが・・・そんなのを恥ずかしがるような柄でもないわな。
銭湯では、入れ墨の入っている方はお断りというのが当たり前だと思っていたが、上野辺りではそうではない。
膝下まで全身にびっしりと龍なんかが彫られている方もいらっしゃいましてね。そんな人が隣に入ってくるとぞくっとしたりするのだが・・・結構、愛想のいいじいさんだったりする。若い時は、ぶいぶい言わせていたのだろうなと思うのだが、そんな人も70歳くらいなると、怖いオーラなんて全くなく、感慨深い味わいをあったりする。
毎月26日は何の日か。
12月だから、クリスマスの翌日といったところだろうが、26日のいうのは、語呂合わせで“風呂”の日なのだ。
こんな日に銭湯に行くと、温泉の湯の華をたっぷりと入れてくれてね。真っ白で、いたずら半分に手を左右に振ると、お湯の匂いがぷんぷんして心地良い。
1時間くらい浸かって、風呂上がりに綿棒で耳掃除をしながら、冷たい炭酸水をぐっと飲むと、一気にリフレッシュする。
そんな風にひとっ風呂を浴びた後、リピーターさんのSくんの鑑定をしたのだな。
ダンサーをしている20代半ばの好青年のオネエで、上野の雰囲気が好きというので、上野の喫茶店で待ち合わせた。年末のせいか、店には私たち以外は誰もいなかった。深緑のビロード生地のソファー席で大の字に座ってさ。
彼は開口一番、
「もう僕、最悪なんですよ。今日は毒を吐きたいんですよ。」
銭湯でリフレッシュした後だから、どんと来いといった感じだが・・・いきなり重いな。
おかしいな。彼には今の時期、ダブルグランドトラインが出来始めている。一つは木星、土星、天王星で未来への地固めがあって、さらに棚からぼた餅運もある。もう一つは、月、木星、海王星のバブル星。気分が陽気になりやすい運気だ。まだ出てきていないのかな。
でも、もうすぐいいことあるから頑張りなよ、じゃあ。と突き放そうとするが、Sくんはしがみついてくる。
「そうなんですかぁ。今年後半は3回も警察のお世話になりましたよ。」
朝の電車の中で、同じ歳くらいの女性に足を踏まれてしまった。その後、Sくんのことをじっと睨んできたそうだ。さらにひじで押してきて・・・“このクソ女、僕が男と分かっていて、こんな攻撃してくるなんて”と思い、こちらも押し返して・・・とやっているうちにエスカレートして、怒鳴り合いの、つかみ合いのケンカになったそうだ。で、警察のお世話になったと。これが1回目。
そんなことがあったので、何があっても、無抵抗でいようと心に決めていたところ、夜、酔っぱらいのおっさんに、これまた電車の中で絡まれて。何を勘違いしたのか、おっさんがいきなり髪をつかんできて、“どっちが悪いか、警察に行って白黒はっきりさせようじゃねぇか”と耳元で大声を出され、おっさんは、Sくんの髪をつかんだまま、駅近くの交番へ行ったそうだ。Sくんはその歩く間、まったく無抵抗で髪を引っ張られたままだった。結果としては、もちろん、Sくんはまったくの白で・・・。これが2回目。
まぁ、3回目は省略させてもらうとして、何が悲しいって、20代半ばになって、3回も母親に警察へ迎えに来てもらったことだったそうだ。
何やってんだ、僕は。みたいな。
他にも、ダンスのレッスンをしている時に、ついカッとなって、お客さんに“あんたみたいな下手ブタは、やめちゃいなさいよ”と暴言を吐いたりして、仕事仲間からは、Sさんは頭の中のネジが外れてしまった、と思われているそうだ。
「ぼく、もう最低だらけなんですよ。」
Sくんが壊れた原因は・・・失恋、なんだな。
失恋でこんな風になるって、ダメ男のパターンだ。彼はオネエだけど。
突然、恋の神様が舞い降りてきたんだって。ずどーんとフォーリンラブ。週に2度ほどやってくる彼女に熱を上げた。彼女を鍛え上げて、いつか男女ペアでコンクールに出ようとまで考えてしまった。
彼女のために特別レッスンをするどころか、練習用のウエアをプレゼントしてあげたりした。
一緒に汗だくになって、熱心に手取り足取り練習をこなすも、周囲からは、彼女はどう見ても才能は無いように思われていたらしい。
実際、Sくんは彼女と組んで大会に出るも、大学生に負けてしまうほど散々な結果だったそうだ。
では、彼女がかわいい子かというと、周囲の人の目にはそう写ることはなく・・・なんでSくんがそこまで入れ込むのか、さっぱり分からない。私はスマホの写真を見せてもらったが、結構、かわいい子のように見えるのだが、この時はしっかり化粧もしていたのかな。
しかし、Sくんは最初に会った時から、“エンジェルが来た〜”と胸をドキドキさせたそうだ。
こうなってくると、どんな恋なのか気になる。まずはSくんと彼女の相性鑑定をする。ホロスコープの2重円でSくんと彼女を重ねる。
SくんのASC上に彼女の太陽が乗っている。Sくんから見て、朝日のようにきらきらと輝いて存在感があったことが分かるのだが、これだけではそこまで惚れ込む恋愛になるとは思えない。
で、目を凝らしてホロスコープを見ても、他に男女が惹き付け合うような星並びがなく・・・男女の性的な欲求を高める金星と火星のアスペクト:エロ星とか、金星と海王星のアスペクト:色気星とか、金星同士もアスペクトを作ってはいない。
実際、Sくんはオネエで、彼女に対してそういった男女の関係をそそられるような感情はあまりなかったそうだ。
恋愛にはいろんなパターンがある。SEXや色気だけが恋愛ではなく、おしゃべりが楽しいとか、一緒にいて気楽にいられるとか、茶飲み友達のように癒されるとか・・・Sくんと彼女の星並びにはそれらもなかったのだ。
では、どうしてSくんがそこまで彼女に入れ込んだのか?
考えあぐねていた。
Sくんのホロスコープは、月と海王星と天王星が一直線に並んでいる。月と海王星が180度凶角で、天王星が海王星に重なっている。天王星と海王星が重なっているのは、ゆとり世代の特徴だ。その海王星にドラゴンヘッドも乗っている。さらに太陽までタイトなアスペクトを作っている。
海王星、つまり“夢見る夢子”が強く働いている。海王星の意味するところは、“アリとキリギリス”で言えば、キリギリスの方だ。地に足が付いておらず、ふわふわと生きている。前衛的、エキセントリックを意味する天王星が加わるとさらにその傾向が強くなる。
「彼女よく “あなたは酔っている、ついていけない” と言われました。」
この言葉で私にひらめくものがあり、もしやと思い、もう一度、2人のホロスコープを見直すと、Sくんと彼女の2人の海王星は1度のずれもなく重なっていた。天王星も同じで、さらに彼女の月がそこに乗っていたのだ。夢見る夢子が強くなっている。年齢は違うのに、逆行などをして、偶然、2人の海王星、天王星がぴったりと乗っているのだ。
夢見る夢子を強くしてしまう相性だ。
星による相性というのは化学反応のようなものだからね。海王星の色合いがぐっと厚くなるというわけだ。
夢見る夢子現象がここまで“恋愛”にまで陥ってしまうのは、Sくんが海王星が強く出る人間だからであろう。
なるほど、夢見心地になる相性ね。これにSくんはハマってしまったわけだ。
海王星には他に幻想、妄想、陶酔、依存性、放浪、感性、直感、スピリチャルなどの意味がある。
Sくんは彼女と将来、結婚もしたいと本気で思っていたそうだ。
彼女が練習に来る前にシューズを磨いてあげたり、ご飯も何度もごちそうしたり。自分の貯金で彼女をダンス留学させたいとまで考えていた。
「ぼく、貢いでいたいんです。あれしろ、これしろって、命令されたいんですよねぇ。・・・それが嬉しかったんです。」
Sくんは、彼女にどん引きされていたようだ。
こんなに貢いでもらえるなら、私が彼女になってあげるわと手を挙げる女性も出てきそうだが、おそらくSくんが酔える相手というのは、ホロスコープ的に見て、かなりレアだと思う。
“海王星癖”とでも言うかな。海王星の強い人って、厄介なのよね。
海王星というのは、星占いの本を見ても、良い意味に書かれていないことが多い。そもそも凶星なのだ。
実際、海王星が強く出ると、現実感がなく、地に足が付いておらず、妄想癖や放浪癖があって、見るからに危なかっしい。危なかっしいというのは、“アリとキリギリス”のキリギリスのように、いつか行き倒れて、雪の中に埋もれてミイラになってしまうのではないかというような感じだ。本人は痛み無く眠るように死ねれば、それでいいと思っていたりする。
だから、星占いの本では海王星が強く出る人は悪い様に書かれるのだな。
でもね、海王星が強く出る人ってあなどれないよ。
ちょっと話が逸れるけど、鑑定していての私の意見なんだけどね、この平成の日本では、利益率が高い仕事をしている人が多いのよ。夢見る夢子というのは、その仕事が “夢” を売ることだったりするのよね。まぁ、実体のないものという意味よ。海王星って、感性という意味があるけど、アーティストもそうと言えるかもしれない。
夢ってね、車や電化製品と違って、仕入れや在庫が無いのよ。値段は言い値だったりする。というか、品質の善し悪し関係なく、値段の高い方がよく売れてしまう事さえある。
日本人は勤勉に“ものづくり”を尊重する民族だから、コツコツ励むのを好むだけれど、現代の工業製品って、グローバルレベルに戦わなきゃいけないから、常に価格競争が求められてしまっている状況にあるわけよ。それに対して、夢を売るってのは、価格面での競争原理が働きにくい。例えば、ゴルフでも釣りでもフィギュアでも、趣味の分野にはどんとお金を出す人がいるでしょ。そんな感じでね、だから、現代において、夢を売るってのは利益率がとてもいいビジネスだったりするわけよ。
彼のやっているダンサーっていう仕事もそうみたいで、
「ぼく、1日に3、4時間しか働いていないけど、同年のリーマンより稼いでいますから。」
とSくんはさらっと言ったりする。
先日、鑑定させてもらったスピリチュアルカウンセラーさんは、月に10日間しか鑑定しないけど、100万稼げるそうだ。お客さんをハイクラスの人たちに絞っていった結果だそうだ。でも、十数年も鑑定という同じ事の繰り返しに飽きてきたんだって。この人も、海王星の強い星並びだった。
ただ海王星の強い人たちは、夢を売る仕事ができるのだが、それらの仕事は、いわゆる“危なかっしい”匂いのする仕事なので、普通の人には就けない仕事だったりする。
Sくんの悩みの一つは、後輩がなかなか仕事に定着しない事だそうだ。後輩たちは、“この仕事を一生続ける自信が無い”と言うのだ。それで辞めて行ってしまうらしい。私には詳しくは分からないが、将来性の感じられない仕事なのだろう。
でも、海王星の強い人は、危なかっしくも、“夢”を売る仕事が、できてしまうのだ。その世界に馴染める、染まれる。
“夢”というと、聞こえが良いけど、世の中的には、“妄想” “怪しいもの”だったりするけどね。
Sくんは、ダンサーをする前は、ねずみ講ビジネスに関わっていたそうだ。
海王星の強く出ている人の有名なところでは、オウム真理教の麻原彰晃代表(1955・3・2)は海王星、天王星でグランドクロスを持っている。教祖になる前は、オリジナルの漢方薬を販売していて、薬事法違反で捕まっている。漢方薬も売り方によっては、利益率がかなり高いからね。新興宗教って、そもそも“夢”を売っているとも言えるでしょ。お金を集めるし。
世間体や安定を気にする人には、こういった仕事をするのは無理だろう。現実感を持っていない人間にしかできない。
そんな訳で、海王星の強い人は、楽してお金を儲ける仕事に就けたりするのだが、お金が目当てかというと、意外にそうでなかったりする。誰でも最初はお金が欲しいという感覚が出てくる。しかし、ある程度儲けられるようになると、冷めてしまうのだ。
彼らは酔いたいのだ。陶酔していたいのだ。浮かれていたいのだ。ふわふわしていたいのだ。
一見、お金には人を酔わせる力が宿っているかのように見えるが、いくらお金を集めても、心がきらめくとは限らない。海王星は精神世界を重んじる。海王星が強い人は、所有やステイタスへの欲求が少ないので、高級車に乗っても、自分に酔えるとは限らない。すると、お金を稼ぐ事にも疲れて飽きてしまうなんてことはよくある。モチベーションがすぐに落ちてしまう。ぜいたくな考え方だし、まったくキリギリスだ。本当はただ踊っていたいのだろう。
Sくんは、コンクールに出て、賞を獲りたいという気持ちがないそうだ。またチーフになるように薦められたが、それも断ったそうだ。そこが、他のダンサーと違う。だから、スタジオのオーナーともケンカしてしてしまったそうだ。
「いっそ野垂れ死にたい、って言ったら、オーナーに嫌われてしまって・・・。」
酔う、妄想、陶酔、依存、妄想。
そういったものに甘美な喜びを見出すSくんにとって、彼女は最高の悦びを与えてくれていたのかもしれない。
鑑定が終わっての、駅までの帰り道、Sくんは“まだ毒を吐きたいんです”ということで・・・続きをすることにして、近くのファーストフード店に入った。
4人席だったが、隣りのテーブルでは、自己啓発系の成功哲学を大きな声で話しているお兄さんがいた。向かい側に座った2人の女性が目を輝かせて聞き入っている。自分は本を出していて、それを読んでもらった人に、自分と同じ成功の道をたどって欲しいというような話だった。ポジティブ思考が成功を呼び寄せるというやつかな。年収は数千万円だそうだが・・・ほんまかいな。
聞くつもりはないが、お兄さんが胸を張って大きな声で話すので、つい耳に入ってきてしまう。
その隣りのテーブルで、私とSくんはまったくネガティブな話をしていた。
Sくんは、失恋ショックの混乱のせいか、秋に都内のマンションを買ってしまった。薦められたのだそうだ。
不動産投資のつもりもあったが、仲間から、そんなもの上がるはずもないと馬鹿にされているらしい。スタジオのオーナーとも仲が悪くなり、職場での居心地が悪く・・・そもそも失恋のダメージは、海より深く、濃い青色・・・。
「ぼくはどうなりたいのか、自分でもよく分からないんです。」
と弱音は続く。
もうここまで話していると、彼の特性がつかめてくる。
“君が欲しいのは、お金とか地位とか成功ではないんだよ。夢と陶酔と依存の中でふわふわ生きる事なんだよ。”
とアドバイスした。
すると、Sくんは憑き物が落ちたように目を輝かせて、
「そうなんです。ぼく、みんなに誉められて、ちやほやされていたいんです。で、誰かにすがっていたいんです。」
それでいいんじゃないの。
で、最初にも言ったけど、今さ、実力以上に評価されるグランドトラインと、未来への地固めができるグランドトラインの両方ができていて、ダブルグラントとラインというなかなか人生でも珍しいラッキーな時期が来ているのだよね。
「じゃ、こんなウジウジしていられないじゃないですか。」
そうだよ。もったいなんだよ。オネエでも女々(めめ)しくしていると、損するよ。
この時期に不動産を買ったという事は、そんなに将来、後悔するような物件じゃないよ。たぶん。
彼との話は23:00を過ぎてしまい、店を出た時に、彼はスマホを見て、終電を逃したことに気付く。
家は結構遠いようだ。購入した都内のマンションにはまだ引っ越しをしておらず、神奈川の実家に帰るそうだ。
“大丈夫かい?”って訊いたら、弱った顔をしながらも、“大丈夫ですよ。深夜バスもありますし、この辺りはサウナとかカプセルホテルもいっぱいありますし。”と小さく手を振りながら、年末の夜の上野の中を小走りに去っていった。
Sくん、君は世の中的にはサイテーのオネエだと思うけど、とっても人間臭くて、素敵なんだぞぉ~~~。
ずっとそのままの君でいてね。