変な家族


N子さんは、ヒップホップダンスのスタジオに小学3年生の娘を迎えに行く。
本人が習いたいと言ったので、始めたダンス。車で片道30分ほどのスタジオに週に2回ほど通っている。その30分は娘と会話するのにちょうど良い時間となっている。娘とはいっぱい話をしたいのだ。

スタジオは繁華街の賑やかなところにある。
待合室には、若くて・・・いかにもヒップホップダンスが好きそうな元ギャルなお母さん方が多くいて、N子さんは少し浮いているような空気を感じてしまう。
N子さんはもう50代半ばなのだ。娘とはかなりの歳の開きがある。
スタジオには、腕や足首にタトゥを入れているお母さん方もいて、ノリも会話のテンポも合わなかったりする。

今風のダンスミュージックが鳴り響く中、N子さんなりに身体を揺らして、音楽を楽しんではいるが、娘のお友達から、“お婆ちゃんが来たの?”って、聞かれたこともあった。
お婆ちゃんにしては若いが、お母さんにしては、ちょっと歳がいってるかな。
そんな質問にもN子さんは落ち着いて、娘のお母さんであることを伝える。

N子さんと娘の関係は、高齢出産の子供という訳ではない・・・養子縁組した子なのだ。
その前は、里親と里子だった。

N子さんにとってはもう忘れそうなほど昔話なのだが、妊活に夫婦で励んできた。10年以上、多くの時間と労力とお金を費やしてきた。
毎月、陰性という結果を聞かされ、うなだれることに慣れてしまっていた。
40代に入った頃、出産することを2人で諦めた。

でも、後ろ向きに生きても仕方ないので、子供のいなくても楽しく暮らそうとは考えていたのだが・・・
それからしばらくして、里親の制度を知った。
資料を何度も何度も読み返した。希望が湧いてきた。

数年に渡る研修を受け、収入や家族のことを根掘り葉掘り調べられ・・・やっとのことで、里親として認定された。
里子として娘さんを預かり、3年前に養子縁組をして、養子になった。
戸籍上、家族になったのだ。

基本的にはこの母娘の相性は良い。
本当はN子さんと娘さんの性格などもお話しするのが自然なのですが、ブログが長くなるので、今回はN子さんと娘の相性鑑定の部分に焦点を当て、ホロスコープで解説しましょう。
相性鑑定は2人のホロスコ―プを重ねたダブルチャートで行います。内側が娘さんで、外側がN子さんです。
本人たちが特定されないように、生年月日、生まれた時間は公表しません。

【ここでホロスコープ初心者の方のためにアスペクト(角度)のことを簡単に伝えると、星同士の角度が0、60、120度の時は“吉角”と言って、良い働きをする角度。90、180度、つまり直角か、真裏に星が来ると、“凶角”と言って、強く出過ぎて、害になりやすい影響を与える角度。詳しくは私のサイトを見てね。】


このダブルチャートのホロスコ―プにはいくつものアスペクトがありますが、注目すべき点として・・・
N子さんのASC上に娘さんの金星♀があります。これはつい最近、「アセンダント(ASC)に金星 特に相性鑑定の場合」というブログで紹介しましたが、N子さんから見て、実力以上に娘さんが可愛く見える星並びです。
一目見て、この娘さんを気に入ったことでしょう。

またその娘さんの金星♀と火星♂、N子さんの金星♀が120度吉角位置に並んでいます。

金星♀と火星♂のアスペクトを、私は“エロ星”と呼んでいますが、同性同士でもベタベタするような相性となります。
実際、N子さんは娘さんをよく抱っこするのだそうです。

N子さんの心の中に決め事がいくつかあって、その1つが、“だっこして”と言われたら、30秒以内に抱っこすること。これはN子さんが娘と会って、最初に決めたことだそうです。

児童相談所で娘と初めて会った時、娘はまだ3歳で、身長もまだ90センチほどだった。急に起こされたためか、ただただずっと泣いていた。30分ほど暴れながら泣いていて、その後はすっと泣き止んだと思ったら、N子さんの方に近寄って来て、鼻を立てて、匂いを嗅いできた。
じっとN子さんを見つめ、また泣き出して胸の中に入ってきた。

娘は、“だっこして”と言った。
N子さんは娘を抱擁した。
小さな身体の全身から温もりが伝わってきた。幼い子供の体温は熱っぽいものだ。少し汗ばんでいた。N子さんも思わず涙がこぼれた。

娘を児童相談所から預かった翌日、N子さん夫婦はどう距離を縮めていいのか分からず、とりあえず、3人で動物園に行った。

まだ夏の暑さが残っていて、動物園ではコンクリートの照り返しに思わず目を覆った。樹々に取りつく蝉たちは、熱せられた空気を搔き乱すように鳴いていた。
この日のために用意していた、ピンク色のキティちゃんの描かれた小さな水筒を娘は首から掛けていた。
どんな動物を見たかはまったく覚えていない。ただ娘の表情を見つめていた。
この子はどんな風に、この時間を過ごしてくれているのだろうかと。

車の運転中でも、娘に“だっこして”言われたら、コンビニに止めて、抱っこした。
他の子より、抱っこされる回数がずっと少なかっただろうから。
3歳の女の子は、いろいろ疲れたのだろう。
帰りの車の中では、娘はすっかり寝落ちしていた。

里子にはよくあることらしい話なのだが、子供たちは、預けられた里親のことを試す。
N子さんがオムツを交換する時にも、押してきたり、噛みついてきたりした。

N子さんは、児童相談所の研修で、そのように里親の愛情の深さを確かめるような行動に出ることを学んでいたので、それほど驚きはしなかった。里子の“あるある”話ということだ。

娘は10か月以上、同じ環境で生活したことが無かった。
だから、継続した愛情を注がれてこなかった。
“愛着障害”という言葉がある。
乳幼児期に養育者との愛着が形成されず、情緒やコミュニケーション能力、対人関係に問題が生じることである。

N子さんが考えるに、愛情感覚の完成形が1つの丸い輪のようだとすると、その輪が養育者から与えられた愛情によって、ちょうどインストールする時のパーセンテージのように、どんどん満たされて完成していくのではないかと。きちんと丸い輪の形になるには、特定の同じ人物によって、ゆっくりと長い期間、継続的に愛情を注がなくてはならないのだろう。

施設の皆さんは、娘に優しく親身に接してもらえたのだろうが、やはり特定の人に長く継続的に愛情が注がれることが、子供にとっては必要だと考える。
愛情が途切れ途切れになることは、子供の情緒面をいびつにするのでないか。
N子さんは、娘の愛情の輪が形成されるよう、抱っこする。

娘は、N子さんのところに来る前に、ある里親に預けられていた。その里親は、認定はされていたのだが、いざ預けてみると、いろいろと問題があったらしい。十分な食事を与えていなかったようだ。そのため、娘は児童相談所の人に連れ戻された。
娘は、実親とのことも含め、深い失望を、幼い心の奥に何度も刻み付けてきたのだろう。

娘はN子さんの家に来てからも、児童相談所の人が訪問に来ると、奥の部屋に隠れた。
すばやく駆けていき、カーテンの中に巻き付くように身を潜めた。
また連れていかれるのでないか、と怯えていた。

別れること、失うこと、黙って従うこと。

この小さな女の子が確かに手にしているものなんて、何があったのだろう。

幼稚園の年長さんの時、誕生日に自転車を夫も合わせて3人で買いに行った。
ショッピングモールで、ランチを食べてから、色とりどりの自転車が並ぶお店に着くと、
6歳になった娘は言った。

「私のことを捨てるつもりなの?」

娘の中には、幸と不幸の体内時計のようなものがあって、幸せなことがある程度続くと、それを手放さなければならない時が来ると感じているのだ。
娘の幸せの時間には、いつも賞味期限があったのだ。
幸せを強く感じることがあった時、この幼子にとっては、その幸せは“そろそろ”終わるというサインだったのかもしれない。

その言葉を聞いたN子さん夫婦は、娘を里子ではなく、養子にすることを決めた。
手続きを始めてから、8か月もかかった。小学校の入学も間近に迫っていた。
娘には、入籍したことを、戸籍謄本を見せながら説明した。

“もう家族になれたのだから、離れることはないよ”とゆっくり諭した。

娘は、“だっこして”とつぶやいた。
N子さんは、すぐに抱きかかえた。

N子さんと娘さんの相性のホロスコ―プには、この母子の関係を示す不思議な星並びもいくつかある。金星♀と木星♃の凶角が、90度と180度の2つもある。


金星♀と木星♃の凶角を、私は“家族っぽくない星”とも呼んでいる。
例えば、夫婦で相性にこの星並びができると、遠距離だったり、お互いに忙しかったり、子供ができにくかったりする。
兄弟での相性にこの星並びができると、年齢差があったりして、あまり一緒に遊んでいなかったりする。
いろんな意味で家族っぽくない要素がある。

で、N子さんと娘さんには、この家族っぽくない星並びが2つもできている。2つもできていると、メッセージ性が高かったりする。

そのうち一つは天王星♅も入っている(緑色のライン)。つまり金星♀、木星♃、天王星♅が180度凶角に並んでいる。金星♀と天王星♅の意味は、金星♀は愛情で、天王星♅は個性的を示すのだが、この星並びを直訳するならば、“個性的な、変わった愛情”ということになる。

例えば、カップルの場合、相性にこの金星♀と天王星♅があると、普通の恋愛観を持っていない愛情関係になったりする。アブノーマルな関係だったりもする。
他の星占い師ともこの星並びに関しては話したりもしたが・・・この金星♀と天王星♅の凶角の関係は、なかなか上手くイメージが伝わるような言葉が今のところ、見つかっておらず、上手く表現できないでいる。
奇妙な形の愛情なのだ。

ただ、N子さんに話を聞くと、確かにこの母子には特別な距離感があるようだ。

N子さんは、実の親御さんに娘の写真を、仲介者を通して定期的に渡している。
一方で、児童相談所を通して、親御さんからは手紙をもらっている。
これはかなりレアなケースらしい。ほとんどの里親は、里子の実親とは関係を持とうとはしない。そこには、一度預かった子供を自分のものにしたいという欲求があるからだろう。
だが、N子さんは、実の親御さんに娘の様子を伝え、娘の成長を共有している。

娘さんは、毎日のように実母のことを話す。
特に娘さんに実母の記憶がそれほどあるわけではないので、多く語ることは無いが・・・例えば、テレビなどで、実母と同じ名前の人が出てくると、“あっ、○○ちゃんだ”って必ず言うそうだ。
それでも、娘さんは、N子さんのことを“ママ”と呼ぶ。

以前、娘は、学校から帰って来て、「実の母は、私を手放す時、悲しかったのだろうな」とつぶやいたことがあった。実の母親のことがいつも心のどこかにあって・・・またN子さんはそのこともまた娘にとって大切な一部になっていると認めている。

こんな話をすると、奇妙な親子関係に見えるかもしれないが、
N子さんと、娘にとっては日常的な親子の風景となっているのだ。

里親と里子の関係にはよくある話だが、“出産ごっこ”というものをする。
N子さんの家でも行われた。
N子さんが長めのスカートを座っていると、そのスカートの中に娘が入ってくる。しばらくこもった後、身体を出し、

「私、ママから生まれたよ。」

と言う。
それを何度でも繰り返す。
何か思うところがあると、N子さんのスカートの中に入ってきた。
ママの子であることを自分に強く言い聞かせているようにも見える。
娘にとっては、生きるために必要な行為なのだろう。

でも、娘はこんなことも言う。
「ママ、まだ死なないでね。」

N子さんと娘さんは、変わった親子なのだ。

“だっこして”と言われれば、N子さんは30秒以内に抱っこしている。

でも、これから抱っこする機会は減っていくのだろうと、N子さんは思っている。




〈この話はフィクションです。個人の特定をしないでください。〉

イラストは生成AIによるものです。