訃報 鳥山明先生亡くなる。
びっくりですよ。ショックですよ。
前のブログをアップしようとしたら、鳥山明先生が亡くなった、というか、亡くなっていたというニュースが飛び込んできましてね。68歳は、若いですよ。最初、フェイクニュースかと思い、半ば信じられなかったですからね。
鳥山明先生は現在の清須市に生まれ、今も清須市にご自宅があります。
実は何を隠そう、私も現在の清須市に生まれ育っているのありますよ。“現在の”というのは、今は“市”になっておりますが、昔は清州町だったんですよね。3町が合併して、清須市になったのですよ。
私が中学生の頃ですけどね、ちょうど『Dr.スランプ』が大ヒットして、第1巻が発売になったのだけれど、本屋に行ってもまったく手に入らず・・・という頃ですけどね。そんな超人気漫画家が近くに住んでいたわけですから、まぁ、中学生の私は大興奮したんですよ。
当時はね、まぁ、電話帳なんか見ると、鳥山なんて珍しい苗字だから、すぐに電話番号を調べられたわけですよ。
で、心臓をバクバクさせながら、勇気を出して電話してみたら、鳥山明先生のお母さまが電話口に出てきて、「本人は忙しいので~」という感じで、あっさり切られてしまいましたね。
学校では、本人の家に直接行くと、サインがもらえるよという噂が出回っていて、私も生徒手帳を持って、自転車で鳥山明先生のご自宅まで行ったのですよ。当時の私の家からは3km無いくらいでしたからね。五条川の堤防に向かって、坂になっているところの角のお宅でしたね。まぁ、その時も、インターホンを鳴らすけど、あっさり断られて・・・。
なぜ、鳥山明先生のご自宅の場所が分かっていたかというと、その頃、私の兄は郵便配達のアルバイトをしていまして、それでその周辺がちょうど兄の配達地域でしたので、こっそり教えてもらったのですよ。
鳥山明先生は暇な時、近所の中学生と公園で野球をしているなんて話も聞いていましたね。まぁ、売れる前の話でしょうけど、羨ましい限りでしたね。
今は、場所を少し変えて、大きな黄色い家に住んでおられましたが、新幹線から見える清須城から数百mのところですよ。家の前は、道を挟んで田んぼが広がっているようなところで、五条川は春になれば、桜の名所で、のんびりしたところでありますよ。私もよくお花見で行ってのですけどね。いつかばったり会えたらいいなぁ、なんて勝手に妄想していましたね。あの辺りは、あんまり風景が変わっていないですね。駅からちょっと遠いんですよ。
鳥山明先生は、デザイン会社を辞めて無職だった時期があり、その頃は親から毎日500円のお小遣いをもらって、喫茶店に行ってたそうですよ。喫茶店で手にとった週刊少年マガジン。掲載されていた漫画賞の募集と賞金50万円を見て、漫画を描くことにしたというのですが・・・どの喫茶店だったのだろう。スーパーマーケットに買い物にも行っていたそうですが、あの辺りは大手チェーンのスーパーは無く、小さなスーパーばかりなんですよ。どのスーパーだったのだろう。
前は近くにパチンコ屋さんがあって、そこに目立つように大きなゴジラの立体像がありましたね。あの辺りは、ほんとお店の数が少ないので、本屋さんなどで本気で張り込めば出会えたかもしれませんね。そういえば、前はすぐ近くに模型店があったんですよね。
鳥山明先生は、木曽川近くにある県立の起(おこし)工業高校のデザイン科に通っていたそうですが、どうやって通ったのでしょうね。JRの清州駅まで自転車で行って、電車で一宮駅まで行って、そこからバスに乗って・・・学校がかなり一宮駅から遠いのですよ。結構、バスに揺られたのでしょうね。
昔の鳥山明先生があった家の辺りは、かつての東海豪雨の関係で、五条川堤防の強化工事のために住宅が無くなってしまいましたね。
清州と言えば、織田信長のゆかりの場所として有名ですからね。だからよその土地では、自己紹介の時、“清須出身です。”と言ったりしますが、そうすると、“清須ってどこ?”と尋ねられることもある。で、“織田信長の清須”と言えば、“ああ”と言ってくれて、だいたい何となくイメージで分かってくれますけどね。
これが海外にいる外国人の相手の場合は、当然のことですが、“ドラゴンボールの鳥山明先生の生まれて、今も住んでいる場所”と説明した方が、よく伝わる。ちょっと驚かれて、尊敬のまなざしを得られるんですよね。
まぁ、ワールドワイドでは、“織田信長”より“鳥山明”の方が有名ということですよ。
でね、このブログは星占いがメインですので、鳥山明先生のホロスコ―プを紹介しましょう。
鳥山明先生は1955年4月5日生まれであります。
【ここでホロスコープ初心者の方のためにアスペクト(角度)のことを簡単に伝えると、星同士の角度が0、60、120度の時は“吉角”と言って、良い働きをする角度。90、180度、つまり直角か、真裏に星が来ると、“凶角”と言って、刺激的だけど、強く出過ぎて、害になりやすい影響を与えやすい角度。詳しくは私のサイトを見てね。】
最初に目に付くのが、水星☿、木星♃、土星♄、天王星♅のグランドトラインですね。グランドトラインというのは、120度吉角が3つ組み合わさった強い吉角アスペクトであります。
水星☿と木星♃の吉角は、情報発信力。
水星☿と土星♄の吉角は、集中力。
水星☿と天王星♅の吉角は、発想が個性的で、アイデアマン。
木星♃と天王星♅の吉角は、棚ぼた運、もらい運、転職運。
水星☿、木星♃、天王星♅の3つが吉角であれば、メディア運を意味しています。メディアに取り上げられやすくなります。世界に発信されていますからね。
これら全てが相乗効果をもって、発揮されているということです。
さすが、鳥山明先生ですね。こんなグランドトラインを持っているとは。羨ましい星並びでありますよ。
私にもこんなグランドトラインがあったら・・・鳥山明先生のようになれたのでしょうかね。
他にも、こんな星並びがあります。
火星♂、土星♄、冥王星♇のTスクエアが形成されています。Tスクエアとは、90度凶角と180度凶角が交わった強い凶角であります。
火星♂と土星♄の凶角は、我慢し過ぎる、ストイック、一途。
土星♄と冥王星♇の凶角は、ハードワーカー。
火星♂と冥王星♇の凶角は、力を出し過ぎる、消耗感。
つまり、平たく言ってしまえば、かなりのハードワーカーということですよ。
では、鳥山明先生の死去を伝えられた本日3月8日の運気はどうだったか。
時期の運気を鑑定する場合は、2つのホロスコ―プを重ねたもので診ていきます。
内側が鳥山明先生。外側が2024年3月8日であります。
鳥山明先生の水星☿、木星♃、土星♄、天王星♅のグランドトライン上に、現在の太陽☉、水星☿、海王星♆が乗ってきています。
太陽☉、水星☿、水星☿、木星♃、土星♄、天王星♅、海王星♆という7つの星でのグランドトラインができていますね。
上にも書きましたが、水星☿、木星♃、天王星♅の吉角はメディア運を意味します。
木星♃と海王星♆の吉角は、私は“バブル星”と呼んで、ちやほやされる、高く評価される、持ち上げられるなどの意味があります。
つまり、ここ数日は、メディアに大いに取り上げられることを意味しているのでしょう。これまでの功績が高く評価されることでしょう。
一方、こんな星並びもあります。
鳥山明先生の火星♂、土星♄、冥王星♇のTスクエア上に、現在の天王星♅が乗ってきています。全体として、強いTスクエアという凶角を形成しています。
火星♂と天王星♅のアスペクトは健康に関わる星並びで、凶角の場合は身体を壊しやすいと言われています。
亡くなられたのは、3月1日ということですが、もうその頃には、このTスクエアはできてしました。
同時に、火星♂、天王星♅、冥王星♇の凶角は、“居場所無い感”が出てくる星並びであります。鳥山明先生の場合、この世での居場所を無くされたわけでありますが。
本当に残念であります。言葉が無いですね。
ご冥福をお祈り申し上げます。
イラストは生成AIに描いてもらいました。著作権的にどうなんだろうなぁと思いつつ・・・。