黒ちゃんが心筋梗塞で逝っちゃいまして。
私は、一応、映像のフリーのディレクターでもあるのですがね、以前はですね、春とか、秋とかの結婚式シーズンには、結婚式の記録ビデオの撮影なんかの人手が足りないから、仕事が回ってきていたのですよ。私にとっては、お小遣い稼ぎになるいいアルバイトだったわけでしてね。
結婚式場のお仕事ですから、普段は着ることのない黒いスーツを身にまとってですね。で、現場に行きますと、普通に写真カメラマンもいるわけですよ。彼らは首に一丸レフの1眼レフのカメラを首から2つくらい下げていましてね、シャッターチャンスを狙って、てきぱき動き回って、パシャパシャと撮っている。こっちは動画なので、基本、三脚を立てて回しっぱなしだったんですけどね。
私は、普段、動画関係のスタッフしか顔を合わしたことがなかったのですが、この結婚式の撮影の仕事では写真のカメラマンとも知り合いになってですね。よく控室で喋っているうちに仲良くなったりしていったんですよ。
そんな写真カメラマンの一人が、黒ちゃんだったんです。年齢的にも少し上くらいで、近かったですしね。当時はまだ2人とも40代前半でしたね。
動画と写真の2人のカメラマンが教会や結婚式場に入ったりすると、どちらも良いアングルで撮りたいから、どうしてもかぶったりする。まぁ、指輪交換とか、ケーキ入刀とか、友人たちのダンスとか、だいたいベストポジションというのは決まっていますからね。そりゃ、ぶつかってしまうわけですよ。一番の見せ場となる両親への感謝の気持ちを語るところで、新婦が手紙を読みながら涙をこぼしているところを狙っていたら、別のカメラマンが前に立ってしまったりしてね、“こらっ!
そこっ! 邪魔だっ! ボケっ!”みたいな。
ところが黒ちゃんとはそういう具合に現場でぶつかることがなかったのですよ。私は身長が180cmとノッポですが、黒ちゃんは150cmあるかないかのコンパクトな背の高さなので、私が三脚を立てて撮っていて、彼が前に立っても、ありがたいことに画角に入ることは無かったのですよ。
結婚式の撮影は何が辛いかというと、1日に1つの式を撮るのですがね、だいたい朝の新婦さんの化粧のシーンから撮影を開始して、午前中に教会、午後から披露宴・・・夕方のお客様のお見送りが終わるまで、ずっとほぼ休みなく撮り続ける。休み無くだから、昼食を取ることができなくて・・・で、空腹を我慢しているところに、午後の披露宴で、シェフが切り分けるローストビーフとか、鯛のパルカッチョとか、伊勢エビのお味噌汁とか、マツタケの土瓶蒸しとかのコース料理を目の前にするんですよ。デザートは、イチゴがこぼれるくらい満載のアイスクリームとケーキが出てきますしね。子どもたちはもう食べれないという感じではしゃいで走り回っていたりして。もちろん、撮影のクルーはそんなものを頂けるわけがなく、心の中で指をくわえて、お腹が鳴るのをなだめて、ヨレヨレになりながら、早く終わることをただただお経を唱えるようにして願っているわけですよ。宴のすべてが終了し、新郎新婦、その両親に挨拶した後、バックヤードにある控室に戻って、やっとのことで食糧にありつけるのですよ。コンビニで買ってきたものや、私の場合、それでは足りなかったので、自分で作った拳2つ分くらいの大判の塩おにぎりを持参していたんです。とにかく炭水化物を欲していたんですよね。黒ちゃんとはよく控室で、“あのフォアグラのソテーや牛ひれ肉のステーキは美味しそうだったなぁ”なんて思い起こしながら、近くの自動販売機で買ったペットボトルのお茶やコーラを片手に、黒ちゃんはコンビニで買った総菜パンを、私は大きな塩おにぎりをパクついていたんですよ。
私はあまり結婚式場には慣れていなかったので・・・まぁ、バックヤードには面倒なルールやしきたりや上下関係があってですね、そんなことを現場の先輩として、黒ちゃんに教えてもらっていたのですよ。で、そのうちに親しくなっていったと。
結婚式場には、若くてきれいな女性のスタッフが多かったですよ。メイクがばっちりのブライダルコーディネーターという人たちの他にも、料理の関係だったり、出入りするお花屋さんだったり、司会進行する地方のタレントさんだったり。
そんな女性スタッフに、黒ちゃんは仕事のわずかな隙に写真を一枚撮ったりして、で、その場で
「ねぇ、これ見てよ。」
って、カメラのビューファーで写真を見せたりしてね。で、そんな女のコたちと仲良くなる術を持っていましてね。一種のナンパですよね。そりゃ、プロだし、カメラもいいんで、綺麗な写真が撮れるわけですよ。で、女のコたちにLINEを聞いたりして、送ってあげるのですよ。そんなわけで、LINEなんかには若い女のコがいっぱい登録されていたんですよね。
でもね、あんまりいやらしさが感じられない。背が低いのもあるけど、見かけが老けたトッポジージョのような面構えをしているので、下心があるのに、相手にはその下心がその伝わらないんですよね。
実際、何度か食事に誘ったりして、仲良くなっていって、“付き合って欲しい”みたいなことを言うと、「やだぁ、そんなつもりはなかったですけど~。」という返事が笑いながら返ってきたりしましてね。
いい歳したおっさんがね、20代の女のコとはそう簡単には恋仲にはなれないですよ。黒ちゃんは懲りないから、何度もそんなフラれ方をしている。向こうはフッたつもりすら無いでしょうけど。
結婚式場の撮影の仕事は土日しかない。それに真夏とか真冬とかは、土日でも式がほとんど無いのですよ。“ニッパチ”と言って、2月、8月は休眠状態になる。結婚式を専門とするカメラマンはたいていボーっと空を仰いでいる。黒ちゃんは、結婚式場の撮影をメインとしていたけれど、そんなわけで平日や暇な時期はぐるなびとか、ホットペッパー掲載のお店や料理の写真撮影の仕事をしていましたね。よくあっちこっちの街に行ってね。免許は一応、昔、取ったそうです。ただ、プロダクションに所属したころに何らか運転を失敗して、それ以来、うん十年も運転はしていないということで、移動は電車とタクシーでしたね。
黒いキャリーバックに照明などの機材を入れて、ゴロゴロと引いていたのですが、なにせ、小柄な彼だけにキャリーバックが大きく見える。秋や春でも、黒いジャンパーを着ていて、これが暑苦しい感じがありましてね。遠くから見ると、ホテルの片隅に預け置かれた黒い荷物の塊が、ずるずる動いているようにも見えるわけですよ。
まぁ、そんなスタイルで、あちこちの名古屋周辺のお店を撮影していたので、飲食店には詳しかったんですよ。一緒に飲む時は、お店のチョイスはいつも黒ちゃんにお任せでしたね。安くて、美味しくて、たいがいは、ぐるなびやホットペッパーのクーポンが使えるお店。しかも、黒ちゃんは、撮影しているから、店長さんと顔見知りだったりする。
串カツ、焼き鳥、どて煮、もつ鍋、おでん、古くからある居酒屋・・・他にもコーヒー豆の種類がやたらと多い喫茶店とかね。
私もね、彼もね、仕事の無い日々は、何もすることが無くて、空気の流れが見えるほど暇だったんですよ。
で、仕方ないから、昼の3時からとか、夕方から、一緒に飲んでいたんですよ。やっぱりね、平日の昼間、皆さんがあくせく働いているのを横目にビールを飲むのが美味しいのですよ。スマホでぐるなびとかのクーポンを使うと、てんぷらや刺身の盛り合わせが付いてきて、さらに夕方の時間だと生ビール中ジョッキも1杯ついてきたりする。ほろ酔い気分で、駅裏の2階の居酒屋の窓からね、まだ陽が高い中、忙しそうに歩き回っている人を見降ろす。ホタルイカの酢味噌あえなんかをつまみながら、お酒をちびちびと。他に誰もいない店内で、ゆったりと時間を過ごすのが素敵なのですよ。
黒ちゃんは、バーラウンジとか、ブリティッシュパブとか、どのお店のハッピーアワーが何時から始まるとかもよく知っていましたよ。いつもFaceBookに“仕事終わりの一杯”とか言って、ホテルのラウンジから、カクテルの写真をアップしていました。
本当はね、あんまり飲まない方がよかったのですよ。黒ちゃんは糖尿を患っていましてね、毎週、インシュリンを注射していましたから。
で、いろんなところでよく飲んでいるから、まぁ、お金も無いわけですよ。ガールズバーとかメイド喫茶も好きだったですからね。
で、人がいいので調子よく騙されたりもする。
カメラマン仲間から、会社を立てるから、社員にならないかと声を掛けられ、月給25万と言われていたのに、7万円しかくれなかったとか。異業種交流会で知り合った人から、名古屋支部の部長にしてあげると言われて、席までもらえてね。それがレンタルオフィスの一室で。そのオフィスに連れてってくれたことがあったのですよ。6畳くらいの部屋に机が3つくらいあったんですけど、高層ビルで、大きな窓からの眺めが良くてね。名古屋の街が一望できたんですよ。だんだんと日が暮れていって・・・街の夜景がきれいだった。黒ちゃんが“ここが俺の席”なんて、今風のデザインものの椅子にでんと座ってね。でも、その会社の社長、そのオフィスを契約して借りたことはいいのだけれど、いつまで経っても、敷金を払わないから、部屋の鍵が開かなくなってしまいましてね、まぁ、そのまま黒ちゃんの部長の夢は消えたのでありますよ。
そんなことの度に、愚痴を聞かされたわけです。たいがい私は、そういう誘いを受けたという話を聞いた時、“それ、話が美味しすぎるだろう。怪しいよ。”と助言しているのですがね、“そんなことねぇよ。”と言って、黒ちゃんはまんまとハマっていくわけですよ。
じゃ、黒ちゃんがすごく正しい人間かというとそうでもない。
彼はね、よく飲み会の幹事をしてくれました。私らがお世話になっている結婚式場の写真スタジオや、仲間のカメラマン、だいたい合わせて10人くらいでね、半年に一度くらい。年末は忘年会でしたね。黒ちゃんがぐるなびやホットペッパーの撮影でお店をよく知っているからということで、皆、黒ちゃんの幹事を信頼していたのですよ。飲み放題5,000円コースということで忘年会をしていたのですよ。だいたい集まる顔ぶれもいっしょでしたよ。一昨年のことですが、会が終わろうとしていた頃、お店の方が間違えて、私と知り合いのカメラマンの間に伝票を置いてしまった。私の向かいの席にいたカメラマンは、そこに、“4,500円×10人”と書いてあるのに気づいて、私に“あれ、なんか金額違いません?”と聞かれて・・・確かに。“あれ?もしかして”となったわけで・・・。
で、解散した後、黒ちゃんと2人きりで帰り道を歩いていた時に尋ねたわけですよ。
「なぁ、あのコースってさぁ、本当は4,500円だったんじゃないの?」
「・・・そんなことないよ。5,000円だよ。」
顔を合わせることなく、街中の夜道を並んで歩く。
「誰にも言わないし、俺、怒っていないから、正直に言えよ。」
黒ちゃん、無言のまま、黒いキャリーカートをごろごろと音を立てて歩く。
「責めないからさぁ。」
「・・・本当は、4,500円だよ。いいじゃん、幹事の手数料だよ。」
「・・・黒ちゃん、あんた・・・サイテーだね。」
500円くらいは大した金額ではないですし、幹事の手数料というのも理解できるけど、黙ってやるのは、仲間にね、やっぱり申し訳ないでしょ。
黒ちゃんは、飲んでしまうからお金が無いのだけれど、他にも、新しいカメラや周辺機材、パソコン、iPhoneが出ると、すぐに欲しがってしまうから、やっぱりお金がない。iPad proも持ち歩いていましたね。まぁ、新しい機材に弱いのは、多くのカメラマンの習性ですけどね。
収入が不安定なので、あまり高額なローンを組むことができない。だから黒ちゃんは、カメラマン仲間から、カメラを買っていた。ちょっと型落ちぐらいのカメラを分割払いで買っていましたね。そんな風にしていつも10~30万円くらいの借金というか、ローンがありましたね。
そのためか単発の細かい撮影の仕事もいろいろ入れていましたね。地元の幼稚園の遠足の撮影とか。美容院の紹介YouTube映像を頼まれたりしてね。美容師さんから、お土産に手延べそうめんをいっぱいもらっていましたね。彼はね、人懐っこいところがありましたからね、顔が広くて、いろんな撮影の仕事をお願いされていたのですよ。
私が暇な時は、“何か仕事ない?”と黒ちゃんに聞けば、たいてい何かしら、仕事を紹介してくれましたね。
知ってるお店のホステスさんがCDデューするので、そのプロモーションビデオの制作を頼まれたから手伝ってよ、とか、ケーブルテレビのローカルアイドル特集のカメラマンをやってよ、とか。
黒ちゃんは、本当はテレビ関係の仕事をやりたかったみたいなんですよね。子供の頃から、テレビっ子で、テレビ大好きで、ドラマの話なんか、いつも盛り上がる。ずっとテレビの世界を目指していたけど、そういう分野の仕事には就けなかったと。
それで、写真のカメラマンになったんですが、やはり動画撮影はやりたいようでしたね。でもね、黒ちゃんは、見かけによらず、写真の腕はかなり良いと思うんですよ。私も一応、動画ですが、撮影するので、一般の方よりは写真撮影は上手いだろうと思っているのですが、黒ちゃんの写真は格が違いましたね。ただね、黒ちゃんは動画の経験がほとんどないので、編集は私の方がね、20年以上のキャリアがある分上だったので、黒ちゃんの映像の編集を手伝ったりしましたね。
黒ちゃんに家族の写真を撮ってもらったことがありましてね、やっぱり上手かったですよ。
一緒に伊勢神宮に行ったことがありましてね。黒ちゃんは三重県の人間だから、もともと地元なんですけど、毎年初詣には行っていたそうなんですよ。でも、3年くらい前だったですかね、黒ちゃんは、年の始めに行き損ねたみたいで、“ねぇ、お伊勢さんに行かない?”と何度も誘ってきたんですよね。
黒ちゃん、車持っていないし、車運転しないしで、誰かに乗せてもらってじゃないと、伊勢神宮に行かないみたいで。
で、私の家族と一緒に出掛けることにしたのですよ。
“俺、伊勢神宮に詳しいんだよ。”って自慢気に言うから、結構、通なのかしらと思って尋ねたら、三重放送か三重テレビに伊勢神宮を地元のタレントさんが紹介する番組があって、それを毎週見てるって。それって・・・あんまり自慢にならないような気がするのですが・・・黒ちゃんはベースがテレビっ子だから仕方ないですけどね。
外宮から内宮に参拝してですね、その近道や駐車場なんかもよく知っていましたね。神社の境内の中にある小さな神社のことを、摂社(せっしゃ)、末社(まっしゃ)と呼ぶのですが、黒ちゃんは、伊勢神宮内の摂社、末社に結構詳しくなっていて、本社にお参りする前に、この摂社にお参りすると仕事運が上がるとか、この末社は願い事をかなえてくれるとか・・・テレビの受け売りでしょうが、いつもそんな具合にして同じコースを参拝しているのでしょうね。
神社内では、カメラマンの本能なのか、写真をいっぱい撮ってもらいましたね。雨がしとしと降っていましたけどね。家族の表情とか、穏やかな五十鈴川の水面に触れる感じとか、小雨の中の青くもりもりとした神社の樹々の揺らぐ感じとか。深呼吸するような澄んだ空気感が伝わって来るんですよね。さらっと撮っているけど、ちゃんといい表情をタイミングよく捉えているんですよ。私なんかは動画の撮影だから、あんまりタイミングは関係なく、ただ回していればね、後でいいところを編集しますからね。ところが、写真のカメラマンの場合、動きや感情の流れと言いますか、被写体とのシンクロが強く必要になってくる。その勘の良さというんですかね、そういったものを黒ちゃんはちゃんと持っていたように思うのですよ。
その写真は、その翌年の年賀状に使わせてもらいましたよ。
伊勢神宮にお参りした後、遅い昼食を取ることになって、おかげ横丁を観光気分で歩いていましてね。まぁ、普通に伊勢うどんを食べたり、デザートに赤福もちを食べたりしてですね。そんなことをしているうちに結構いい時間になってしまいまして。夕方近くになってしまったと。名古屋まで帰るので、そろそろ帰ろうとすると、黒ちゃんが、「はいからさんへ行こうよ」と言い出す。
そういえば、誘われていた時から、そんな話をしていたなぁと思い出してですね。“はいからさん”という白い洋館のお店があって、中はレストランのようになっていて、デザートが美味しいらしい。ですが、黒ちゃんの目的は、かわいいワンピースの制服を着ているウエイトレスさんなのですよ。勝手な想像ですが、大正時代のイメージですかね。黒ちゃんはメイド喫茶のつもりだったのでしょう。そこでパフェが食べたいと。
ただね、もう結構日も暮れかけていたし、パラパラと雨も降っていたので、やっぱり帰ることにしたのですよ。そしたら、帰りの車の中、黒ちゃんはしょんぼりしていて、うな垂れていて、本当に申し訳なかったなぁという気がするんですよ。
だからね、ずっと、今度また伊勢神宮に一緒に行くことがあったら、その“はいからさん”というお店に寄って行ってあげようと思っていたんですよね。
で、車の中で走っていると、黒ちゃんの携帯が鳴りましてね。
助手席に座っている黒ちゃんは私にあまり聞かれたくないので、暗い窓の外の方を見ながら、小さな声で喋っていたのです。
「・・・うん。今夜、ご飯要らないから。」
どうも話し相手は、一緒に暮らしているお母さんのようでしたね。50歳を越えても、母親から、夕ご飯の話の電話が来るんですって。四日市駅で黒ちゃんを降ろして・・・また飲んで帰るのだろうね。
黒ちゃんは、実家で両親と一緒に暮らしていたのですよ。一人っ子だから、大事にされていたようです。
前に一度、小さい頃の写真を見せてもらったことがありましたよ。黒ちゃんが4歳くらいの頃の写真。
スマホの中に保存してありましたけど、元の写真が古いのか、もうセピア色に色褪せていましたね。父親の肩の上に座っていたんですよ。黒ちゃんのお父さんというのは、元刑事さんでしてね。その前は、漁師だったそうですよ。元々漁師の家系に生まれたそうなんですが、ずっと漁師をやるのは嫌だといって、一念発起して、警察官になったらしいですよ。で、刑事にまで昇進していったそうで。その写真を見せてもらった時、いかにも元漁師のようないかつさもあり、腕っぷしが太くて、身体のたくましいのが印象的でしたね。年末の「SASUKE」に出てきそうな感じでしたよ。
今は写真よりずいぶんと老いているでしょうが、そのお父さんとも一緒に暮らしているようなんですよ。
昨年、コロナで定額給付金というのがありましたよね。政府から一人一律10万円が支給されたお金ですよ。
黒ちゃんは両親に黙って、3人の給付金の手続きをして、3人分の30万円を頂いたそうです。
デジタルが苦手な親に代わって、“親の分ももらってやった。”と、これまた呆れたことをほざいてましたね。
まぁ、元刑事だった親父さんが本当に知らなかったのかどうかは怪しいですけどね。
黒ちゃんはコロナ禍で結婚式場の仕事も、飲食店の撮影の仕事も全部無くなりましたからね。
でも、しぶとい黒ちゃんは、Indeed(インディード)なんかで仕事を見つけてくる。バイトに応募するような顔をして、ちゃっかり、営業をして撮影の仕事をもらってきたのですよ。そういったことには本当に嗅覚のいい人間でしたね。私には到底まねできない、羨ましい才能ですよ。で、何をしていたかというと、賃貸マンションの360度内覧用の撮影をしておりました。最近、ネットで部屋の中をぐるっと360度というか上下も見られるシステムのことですよ。特殊なカメラの操作やコツを覚えたら、また他の会社に営業していって、数社の仕事を請け負っていましたね。時給だったり、1件いくらだったり。
昨年の6月くらいでしたかね、一度、うちの近くのマンションを撮影するというので、駅まで送り迎えに行きましてね。小雨が降る夕方でしたね。私もどんな機材なのか、見たかったものですからね、撮影の様子を見せてもらいましたけどね。それが豪華な4LDKのマンションでしてね。リビングなんて、普通に卓球ができそうなくらい広かった。カウンターキッチンから見渡すと、50型テレビが遠くて小さいこと。南向きの横長だから、晴れた昼間だったら、かなり明るいんだろうなぁって。お風呂もジェットバスでね、着替える部屋も十分過ぎるスペースがあってね。洗面台が広くて最新式できれいなんですよ。プリンスホテルみたい。
2人で、でっかい革張りのソファーに座って、缶コーヒーを飲んでいましてね。埋まるような座り心地で、真っ白い天井を見上げて、黒ちゃんと話しをしていたんですよ。で、ちらっと聞いてみたんですよ。
「この部屋、家賃はどのくらい?」
「そんなもの、知らねぇよ。」
「・・・・・」
黒ちゃんは、いろんな部屋を見てきたのでしょう。これよりももっと高級なのもね。
「どんな家族が住むんだろうねぇ。」
「そんなもん・・・知らねぇよ。」
顔を合わせたのは、それが最後でしたね。昨年は忘年会もやらなかったですからね。11月には、一緒にお世話になっていた結婚式場の写真スタジオも解散しましたしね。
本当は一度、何かの競技の撮影があったのですよ。無観客にしてネット配信するから、大勢のカメラマンが必要ということで、2人とも声が掛かりましてね。それがリハーサルや設営の関係で、泊まりの仕事だったんですよ。で、黒ちゃんと泊りで遊べるじゃん、と楽しみにしていたんです。まぁ、コロナ中ですから、外に派手に飲みに行くことはできないでしょうけど。
でも、それもイベントそのものが中止になりましたけどね。
今年になってね、2月の緊急事態宣言中に1度夜に電話がありましたね。夜の11時ごろですよ。
近鉄の電車が止まってしまって、帰れなくなったと。それで今、飲んでいるという。
「やっているお店なんて、あるの?」と私が聞くと、
「そんなもん、いくらでもあるよ。」ですって。
背景のお店の雑音は賑やかな感じでしたね。で、黒ちゃんも結構、気分良く酔っていましたね。本当に飲むお店のことはよく知っていましたね。正直、呆れましたけど。
で、その電話が黒ちゃんと話した最後の電話になりました。
4月3日に黒ちゃんは心筋梗塞で倒れて、亡くなったそうです。
黒ちゃんと一緒にお世話になっていた結婚式場の写真スタジオの元チーフのTさんが電話で教えてくれたのです。私と黒ちゃんは仲がいいから、と教えてくれたのです。Tさんは、その写真スタジオが昨年11月に解散してしまったのでグループ会社の葬祭場で遺影を撮っているのだそうです。いつも一緒に忘年会をしていました。黒ちゃんが幹事をやっていてくれていた飲み会であります。
黒ちゃんが亡くなった後、親父さんは、いろいろ連絡したかったみたいですが、デジタルに弱くて・・・まぁ、スマホを見ようと思っても、パスワードを知らないと開けられないですしね。
それで、家族だけでひっそりと葬式を行ったのだそうです。
お母さんは、心労で身体を壊し、入院をされていたようです。
Tさんは“突然のことだった”と言っていたのですがね・・・実はそうでもないのですよ。
4月1日に黒ちゃんからメッセージが来ていましてね。
「病気がなおるような神社とか知ってますか」
で、私は唐突な質問に
「それは知らないな。そんな神社があったら、人気ありそうやね。」
と冗談半分に返していたんですがね、
黒ちゃんが、私へのメッセージで“知ってますか”の“ですます調”を使うことに、なんか違和感があったんですよね。もうこの頃には、何か、身体の異変に気付いていたのでしょう。
で、その後も返事が無いので、
4月6日に
「身体大丈夫?」
と送ったけれど・・・やっぱり返信は無く・・・まぁ、忙しいのだろうなぁと気に留めずにいたのですが、4月下旬になって上のような電話をTさんから頂きましてね。
お葬式は4月5日だったそうです。
その日は、ちょうど黒ちゃんの55歳の誕生日なのでありますよ。
4月1日の「病気がなおるような神社とか知ってますか」の段階で、私が気付かなったのが、悔やまれるといいますか、電話で話せばよかったと後悔しているのでありますよ。
黒ちゃんの金星♀は、みずがめ座の終わりの方にあり、この春以降は来年1月まで、ずっと現行の木星♃と合になり続けるのですよ。金星♀と木星♃の合は、人気運、出会い運、恋愛運でしてね。本当はモテ期なんですよ。この位置に来るのは12年に一度なんですが、今回は木星♃の順行、逆行、順行が起こる場所になったので、半年以上も続くのですよ。珍しいことであります。
私の家の近くに観音様のお寺があって、その境内に閻魔堂(えんまどう)というのがあるのですよ。正面の奥には閻魔大王と地蔵菩薩の像があって、左右の両側の壁に、脱衣婆とか、審判を受け持つ十王の像が並んでいましてね。閻魔大王と地蔵の間には、人が後ろ手に縛られていて、天秤に吊るされている様子のものがありまして。天秤のもう一方は何か得体の知れないもので、おそらく、現世で犯した罪の総量なのでしょう。まぁ、つまり、天秤で重さを比べて、天国に行くか、地獄に行くかを審判する場所なのですよ。
左右両側にはお賽銭を入れる穴があって、私はいつも10円入れるのですが、今回は500円玉をそれぞれに入れましたね。おでこを床に押し付けるように土下座して、お願いしました。
「黒ちゃんは、そんなに悪いやつではありません。ですから、どうか天国に行かせてやって下さいませ。メイド喫茶や、はいからさんのように、かわいい女の子がいっぱいいる天国に行かせてやって下さいませ。」
あの世で、黒ちゃんにモテ期がやって来て欲しいなぁ、と思うですよ。