旅する 4月

1年半ほど、連絡が途絶えていたYくんからメールが届いて、飲むことになった。
場所は六本木の居酒屋だ。私は、場所はどこでも良かったのだが、私とYくんの住んでいるところの中間ぐらいが六本木だったから、その辺りにした。
Yくんが事前にスマホで店を探し、予約をしてくれたのだが、3,000円飲み放題で、しかも個室が予約できたという。そんな安いお店があるのかと思い、怪しんだが、それはそれで面白そうなので、期待もした。時間が早めで、ハッピーアワーだったからかもしれない。若い人はネットを駆使して、行ったことの無いお店でもいろいろ探すものだ。
場所は六本木の交差点のすぐ近くだった。
平日の夕方だから、店に着いても、他にお客はいなかった。
まだ5時前だった。ほんのりとまだ外は明るかった。お店の開店まで10分ほどあったが、店の中に入れた。全体的に黒色の色調のお店だった。
入ってすぐのところに立っていた若い女性スタッフさんに、Yくんの予約の旨を伝えると、私の声が聞こえたのか、少し奥にある小さな扉が開いて、Yくんが手を振ってきた。相変わらずにやけた笑顔だ。暗くて見えにくいが、少し陽に焼けているようだ。
小さな扉は・・・スライドドアといった方がいいかな。がらがらと音を立てる戸だった。
部屋の広さは、押入れほどだった。1年半ぶりだったのに、“元気にしていたー?”といった挨拶も無く、まず部屋の話の方が十分に盛り上がってしまった。文句ではなく、面白かったので笑えた。
既にYくんは座っていて、私が入ろうとすると、片一方の脚の上に載せていたもう片一方の脚を、身体をねじらせながら降ろした。お尻をくねくねと動かして、席の奥へずれていってくれた。テーブルの下にベンチ椅子がもぐりこんでいて、膝を立てて立つことができなかった。L字型の席だった。奥へ行く途中、Yくんはお尻を歪めて、直角に曲がっていき・・・。私もテーブルに腕をかけ、膝を曲げたまま、横向きにお尻で進んでいった。

東京って、すげぇな。六本木って、やっぱり、都会の真ん中だよな。

Yくんは美容師で、名古屋出身だ。3年前ほどに東京へやってきた。
腕は良く、名古屋にいた頃には、美容師のコンクールでの優勝を目指して、深夜まで練習に励んでいたのだが、残念ながら準優勝になってしまった。優勝をしていれば、パリへの留学ができたのだった。
パリへの夢は大かった分、それは深い失望に変わってしまった。彼はあまりに頑張り過ぎたのか、燃え尽きてしまって、名古屋を去ることにした。
その名古屋を立つ日の午前中に私は鑑定をした。それがYくんとの出会いだった。そして、鑑定が終わったお昼に彼は、バイクで東京へ向かった。ぶらぶらと駅の駐車場まで一緒に歩いていき、彼の背中を見送った。5月の新緑の季節だった。地下の駐車場からど太いエンジン音を立てて坂を上っていって、駐車料金の機械にお札を入れた後、バーがさっと上がって。逆光の中の彼がまぶしかったな。

意外だったのが、偶然というか、私も縁あって、彼より数か月遅れて、東京で鑑定するようになった。
Yくんとは東京でも会い、鑑定をした。というか、彼は星占いを教えて欲しいというので、個人レッスンを数回行った。Yくんは美容師だけれども、姿だけでなく、心の面でも自信を付けさせられる人間になりたい。そんなサービスをしたいということだった。
まぁ、私も彼に髪を切ってもらいに行ったりして・・・前は横浜のお店で働いていたこともあって、電車とバスを乗り継いで行って、
彼が雇われていた美容室の席に座り、鏡に向かって、

「つぼぼさん、どうします?」
「まぁ、カッコ良くしてくれれば、何でもいいよ。」
「・・・カッコ良くできますが、毎朝、ちゃんとジェルとかやってくれます?」
「・・・自信はないけどね。まぁ、頑張るよ。」

という具合で・・・彼はふふっとにやけた笑みを浮かべて・・・切ってもらった。

今、テレビ番組で、平日の午後とか、土曜日の午前中に、素人さんが、服装のプロにファッションコーディネイトをチェックしてもらって、Before、Afterでどんだけカッコよくなったかを見せるコーナーがある。
カッコよくなったお母さんや、お父さんがスポットライトを浴びながら登場し、家族が“うわ~っ”と微笑ましく驚くというお決まりの展開だ。
私もそんな感じだった。

私もおお~っと、カッコいい髪型にしてもらったが、翌日には再現不能だった。

で、1年半前にも星占いの個人レッスンをした以来、音沙汰が無くなってしまっていた。

彼はどこに行っていたかというと・・・海の上にいた。
世界を周遊する客船付きの美容師になっていた。彼はその仕事のオファーが来た時、10分で返事をしたそうだ。星占いのできる美容師を目指していたが、心が奪われてしまって・・・決めるのにそれほど時間はかからなかったそうだ。
日給制で、収入は良いわけではないが、夜の6時にはきちんと仕事が終わる。
船の上では衛星回線でインターネットをして過ごしたそうだ。つまりかなり回線料が高額ということで、ネットには多くは繋がなかったそうだ。ただ、ホロスコープだけは他人のも含め、1日に何度も見ていたという。いろんな都市に寄るとはいえ、海の上にいる方が多い。テレビもない、ネットもない。
東京では見られない満天の星空を、退屈するほど眺めたことだろう。
そんな1年半の船旅で、Yくんは地球を2周した。

私は彼がそんな仕事をしているなんて全く知らなかった。
Yくんからメールが久々にあった。彼はショートメールばかり使うのだが・・・送り主の名前が無い。文中にも名前を書いてこない。メールの内容もぶっきらぼうで、だが、そんな人間は彼しかしないので、1年半ぶりでもすぐにYくんと分かった。

いくら居酒屋の個室が流行りとは言え、都心の地価が高いとは言え、L字型で1畳半ほどの広さで部屋を作ってしまうなんて、世界広しと言えども、東京ぐらいなものだろう。
背中には一応、水槽があって、青い光の中を熱帯魚がゆらゆらと泳いでいた。
コースの料理が運ばれてくるが、置き場に困る。手をまっすぐに伸ばせば、正面の壁に手が届いてしまう。それほどテーブルは狭い。そこにカセットコンロの鍋ものが来たりした。

私は、彼の旅の話を聞きたかった。アストロ・カート・グラフィという緯度経度によって運気が変わるかどうかを検証したかったのだ。鑑定や講座で、今までもいろんな人から話を聞いて、結構当たるなぁとは思っていたが、これほど多くの地域を周っていれば、より確認できるチャンスだと思った。

Yくんが印象的な場所だったというのは、キューバのハバナだったそうだ。
実際、彼のホロスコープで、ハバナの緯度経度を入れてみると、MCに火星が来て、交遊関係の11室に太陽が来た。Yくんが男性的にいられて、友人とも楽しくいられるところだ。
でも、彼の船が停泊したのは、どの街でも2,3日だそうだから、友人ができたかどうか。まぁ、いい男だからモテてはいたろう。

日本がいくら格差だの、何だのといっても、キューバに比べれば、全然マシ。
市場で売っている野菜とか魚とか、むちゃくちゃですよ。ぶらぶらしてるおっさんはいっぱいるし。

彼はキューバが良くない場所だと話すが、表情を見ていると、もっとそこに居たかったと言ってるように聞こえた。

その他にもいろんな場所の話を聞いた。アイスランドでオーロラを見たとか、バングラディッシュのご飯は汗臭かったとか。ブラジル、スペイン、エジプト・・・まぁ、あることない事、いろいろだ。
あまりに場所が多くて、そのくせ、滞在期間が数日なので、とてもアストロ・カート・グラフィの検証とはならなかった。まぁ、話が楽しかったから、いいや。
それだけいろんな場所に行っていて、時間がたっぷりあれば、普通ならブログかインスタに載せるところであるが、彼はSNSの類はとっくに止めていた。

Yくんは今、29歳だ。
このぐらいの若者でも、常にネットで人と繋がっていることが心地良いとは思っていない人もいるものなのだな。
調子の良い時はいい。でも、人生には波があるから、悪い時というか、人に見られたくない、会いたくない時だってある。
彼がSNSを止めていたのが、そんな理由からかどうかは分からないが。

船の上から毎日のように海を眺め、一人、言葉の通じない国を散歩し、口に合わない料理を食べて、
そういった経験を自分に一人の中に仕舞い込んで、熟成させていったのだろう。
世界を2周もすれば、ちょっとやそっとの出来事では人に伝えたいという気持ちは湧かなくなるのだろうし。

私らは、薄暗い照明の下、身動きもままならない1畳半ほどの部屋で、安い日本酒を飲みながら、海の匂いと世界の街と星占いの話をした。

Yくんは、4月から中国で仕事をするそうだ。だからもう今は中国にいる。
そして8月から再び船に乗る。
地球3週目の旅だ。

3月の連休には、もう一人、20代後半の女性を名古屋で鑑定した。
彼女は、オーストラリアのワーキングホリデーで働いていたのだが、今度は東欧の国へ行くらしい。
もう移住は決まっていた。
ただ、“確認”のために日本に寄ったついでに、私に鑑定を依頼されたのだ。

オーストラリアは、大きな四国のような形をしている。
その真ん中あたりは、砂漠だ。オレンジ色の巨大な岩、エアーズロックなんかが鎮座していたりする。
私はオーストラリアには何度も行ってるので、だいたい知っているのだが・・・日本人はたいていゴールドコーストとか、シドニーとか、海辺近くの都市に住みたがるのだがね。
アメリカもそうだが、街の名前にスプリングス(泉)と付いているというのは、周囲は砂漠だらけだったりする。
彼女はそんな赤く乾いた地域のホテルで働いていた。

3日間だけ、日本に寄った。
彼女は日本人だ。
けれども、日本には居場所が無いという。
そして彼女が行こうとしている東欧の国でホロスコープを作ってみると、MCに土星が掛かっている場所であった。これもアストロ・カート・グラフィという手法だ。
MC土星の場所は、肩書は付くが、責任や役割、重圧が掛かってくるところとなる。
彼女は昔からその場所が気になっていたから選んだそうなのだが・・・鑑定は当たっていたようだ。その国のビザを得るためには、ビジネスを行なわなければならない。だから、彼女はとりあえず事業者として申請している。言ってみれば、経営者だ。肩書きは付いてくる。
ただ、MC土星という場所は、やる事が多くなるのであまりお薦めしない場所なのだが・・・

私はふわふわと生きてきて、どこにも留まることができずにいたんです。
家族との関係にもいろいろ事情があって、日本に居られない。
だから、自分がしっかりしなければならない場所ぐらいがちょうどいいんです。

キャリアケースと大きなバックを持ち歩いていた。
私と会う前の日も、次の日も故郷の街に帰ることはない。
日本語フォントの入ったスマホを持っていないという。このコもSNSの類はしないのだろう。

この女性も、4月にはすでに日本にいない。

上の若い2人には“行きたい場所”は、特に無いのだろう。

有ったかもしれないが、分からなくなってしまった。

行きたい場所が分からないから、旅しているんだよ、ってね。

まぁ、多かれ少なかれ・・・みんな、そんなもんだよねぇ。