ドローン

4枚の羽根が、ブーンとも、キュイーンとも聞こえる音を立てて上昇していった。
100mほど登ると、地上から見上げていては、とても気づかないほどの大きさになっている。さらに北に400mほど移動する。
白い機体が、背景の雲と混じってしまい、もうどこにあるのか探すのが大変なくらいだ。
ドローンを揚げるに当たっての、国交省の作ったルールにより肉眼で見える範囲でしか飛ばせないことになっている。
木曽川の河川敷は大きく広い。公園も作られている。梅雨の合間の晴れた日にドローンを飛ばしていた。
ドローンはいろいろと世間を騒がせたため、私は飛ばすことは難しいではないかと思っていたが、都市部以外は役所の許可が無くとも飛行可能な場所は案外多い。名古屋圏では、ちょうど私が住んでいるところより西側はほとんどOKなのだ。

平日の河川敷は誰もいない。野球場3つ分くらいの広場があって、目の前にはうっそうとした雑林が川に沿って伸びいていて・・・。遠くの方に、バツーカ砲のような大きなレンズを付けたカメラを並べた年配のおっちゃん達が並んでいる。十数台の車が路上駐車していて、その車と車の間におっちゃん達はいる。まぁ、バツーカ砲というのは言い過ぎかな。おそらく珍しい野鳥を撮ろうと構えているのだろう。木曽川付近にはそんな野鳥が多い。夏でもうぐいすの鳴き声が聞こえてくるし。三脚にカメラを立て、組み立て式の椅子に座って、じっと待っている。迷彩色の服を着ていたり、レンズのカバーまで迷彩色だったりする。装備もカメラもプロと変わらない。
定年後の時間とお金を趣味に興じているのだなぁ。

私は名古屋に帰ってきていて、余裕の時間が有ったので、地元の友人Aと遊んでいたのだ。
前々からドローンを飛ばして遊ぼうと言っていたのだが、なかなか時間が合わず、できずにいたのだ。それがやっと互いに時間が合わせられたという感じだ。
リモコンの操作盤にはiPad miniが取り付けられていて、それがモニターとなっている。ドローンのカメラが写している風景をリアルタイムで見ることができる。空にすーっと上がっていくときの映像は、まるで昇天していくかのようだ。iPadに映っているので、静止画や動画で保存することも簡単にできてしまう。高度も、距離も画面に出ており、高さが120m近くになったり、バッテリーが切れかかると警告音が鳴るようになっている。優れものである。中国製である。
彼曰く、“これを作った人は、オタク心をよく持っていて、商品としての完成度を高めているね。かつてはこういうものを日本人が作ったのだろうなぁ。”

なるほど、確かにこのドローンはよくできている。操作性がとても良いのだ。高度、旋回、前後右左と思い通りで不自由さがない。ドローンは世間の話題にはなったが、100m近く高くを飛んでいたら、ほとんど人に気づかれることはないだろう。姿も小さく、音も小さい。ポツンと宙に浮いている。ずっと同じ場所に浮かんでいられる。

私が操作させてもらっていると、堤防の上の道路をスポーツタイプの自転車が2台つるんで走ってきた。遠乗りだろうか。だから私は、ドローンを並走させた。すると自転車に乗っている2人はドローンににっこりと手を振ってくれた。

「こういうものを持っていると、人を驚かしたくなるな。」

そういうと彼はにやりと苦笑いをした。向こうにはこっちの姿が見えないからね。
いろんなことができそうなので、ただ空からの風景を眺めているよりは、人のリアクションの方が楽しくなってくる。いたずら心は湧いてくるが、実際、何をしたらよいか・・・アイデアは出てこない。

いい歳したおっさん2人が大きな川の河川敷でドローンを飛ばして興じている。平日の昼間っから。

この友人Aは、“自由人”になったのだろう。
彼の車でここまでやってきたのだが、来る途中、「今、何やっているの?」と訊いたら、「パーフェクト フリー」と答えた。

彼は親父さんの小さな工場を引き継いで経営をしていたが、昨年秋に売ってしまったのだ。
今は投資家になっている。
彼はデイトレではないと言っているが、かと言って、長期での売買でもないようだ。何でも、チャンスが来た時のみ動いて、短期で儲けたら、売ってしまうのだそうだ。10年ほど前の中国株やアベノミクスに上手く乗っかれて、上手いこと今に続いているという具合だ。

昨年6月頃に、工場を売ってくれないかという声が掛かり、それに応じたというのである。会社の業績もここ数年はあまり良くなく、従業員の数も最盛期の3分の1以下に減ってしまい、今は数人になってしまった。この仕事を続けていくのは難しいかもと思っていたところに、ちょうど話が舞い込んだのだ。

彼の生年月日は1969年2月5日である。
ホロスコープのダブルチャートを診てみると、その頃、彼の土星(堅実、計画的)に現行の天王星(変化)が重なり、吉角120度位置に現行の木星(財運)が位置している。土星と木星の吉角は財運を堅実にさせる時期である。木星が財運、仕事運を意味し、土星が計画性、着実といった意味がある。私はこれを“城を持つ”星並びと呼んでいる。独立開業したり、不動産を買ったり、引っ越しをしたり、改装したり、転職したり、プロポーズをしたり・・・といったことが起こる。一方、木星と天王星(変化、個性、サプライズラッキー)はともに現行同士の星であるが、これは“棚からぼた餅運”もしくは“転職星”と呼んでいる。
彼の土星と現行の天王星が0度吉角重なっているが、・・・土星は着実という意味もあるが、執着という意味もある。個性(天王星)に執着するという意味で、いわゆる“変わり者”になってしまう時期である。
ただ世の中から見て、“変わり者”という意味であって、本人がどこまで自覚しているかどうかは別なのだ。

つまり、土星、木星、天王星が吉角で働く、この時期は、彼は仕事面、財運の面で大きな道を切り拓いたというわけだ。

投資家というものの、友人Aはもともとギャンブル好きではないので、安定した利回りの方を求めるせいか、株だけでなく、太陽光発電にも力を入れている。海辺、山間地を問わず、過疎地の原野のような土地を買って、太陽光発電をしているのだ。だから、車で走っていて、休耕田や大きな溜め池に太陽光パネルが設置してあるのを見ると、これくらいなら、投資額が1億だの、年間2000万円入ってくるだの、知識は豊富である。

実はこのドローンは、太陽光発電の管理のために購入したものだそうだ。一応そういうことになっている。

彼は田舎の
土地を太陽光のために購入したが、一方で、持っていた土地も売っている。

もともと彼の家は土地持ちで、田んぼを多く持っていた。
私の実家の周辺の土地も持っていた。10年ほど前、私が実家に戻ってきた頃、近くの月極め駐車場がいっぱいで借りられず、車の置き場に困っている趣旨を話すと、後日、電話がかかってきて、

「お前の家の前の田んぼ、車2台分埋めておいたから、使っていいよ。」

という具合だった。

私の実家の北側の田んぼが彼の家のもので、その隅っこが土で埋めてあった。なんでも、工場の駐車場を舗装するついでに、土木工事屋さんに頼んでくれたらしい。
私はその田んぼの中にぽつんとできた駐車場を、割安で使わせてもらっていたことがある。あまりにけったいな風景だったので、近所の人に、“勝手によその田んぼの入り口に車を置いたら、いかんでしょ”と注意されたくらいだ。

彼の話によると、代々檀家としてお世話になっているお寺には、墓が7つあるそうだ。地元に昔から根付いている家系なのだ。古い方のお墓は丸石だけで、風雨にさらされ、もう何と彫ってあるのかも分からなくなっているのだという。親父さんが工場を始めるまでは、代々農家だったそうだ。

しかし、彼はそんな先祖代々の土地を売り払い出したのだ。親父さんはかなり渋った顔をしたらしい。

彼には彼なりの読みがあった。

今、どの地方でもそうなのであるが、農家がやる気を無くしている。息子たちに跡を継がせたいという考えが無くなってきたのだ。TPPなどの影響もあろう。そうなると、どうなるかというと、今まで大切にしてきた農地を手放すようになってきたのだ。持っていても農家をやらなきゃ意味ないからね。だから、郊外では土地が結構値落ちしているという。
そうなると、どうなるかというと、古い中古の住宅が売れにくくなってきている。それはそうだろう。少し離れた田んぼの土地が簡単に手に入るのなら、わざわざ古い中古の家を壊して、産廃処理して、更地にして、家を建て直すより手間なく安く済むからである。さらに古い家が連なっている地域は、印象として、お年寄りばかりが住んでいるという感じになっている。若い人たちは、できれば、新しい家が立ち並ぶ分譲地に住みたがるのだ。

私と彼の住んでいる地域も名古屋の郊外といった感じのところだ。古い家が多い。田んぼも宅地並み課税の場所である。田んぼを業者に任せて米を作っても、家族のお米代にもならないくらいだ。こうなると、先祖代々の土地は負の遺産となりかねない。彼は子供たちにそのような資産を残したくないとの決意で、土地をどんどん売り出したのだ。

そんな考えを持っているのは、彼だけではない。その証拠にここ5年くらいであっという間に私の住んでいる地域は田んぼが無くなり、新築の家がどんどん建っている。20年くらい前までは、カエルの鳴き声がうるさくて、電話の向こう側の人にも聞こえるほどだったが、今は私の家の周囲にはまったく田んぼが無い。

土地の価値は一旦手に入れると下がることがないという“土地神話”は昭和の話である。さらに今になって、農家が意欲を無くしたことで、土地がどんどん売りに出され、マイナス方向に向かっているようなのだ。人口も減っていくから、買い手も少なくなっていくだろうからね。

まぁ、こんな流れができている分、買い手は安く手に入るようになっているからいいのだろうけど・・・住宅開発は加速していって、建てては売り、新しい土地に家々は立ち並んでいくが、古い住宅地は使い捨てのように取り残され、溜まっていくのだろう。
住宅屋さんと、土建業者の人たちは仕事が有り続けるかもしれないけどね。でも、それは遊牧民のように、餌を食べ尽くしたら、次に餌のあるところへどんどん移動していくみたいな感じかな。

もちろん、価値の落ちていないところもある。都市部の人気のある場所である。
違う私の友人は、港区の億ションに住んでいたが、10年経って、売る時に値段は全く落ちていないどころか、上がっていたそうだ。そのマンションを売り、より都心部のタワーマンションに今住んでいる。
土地どころか、建物の価値を合わせても落ちていない場所があるのだ。都市部の一部だけね。

友人Aとの話からして、彼は大きい視野でそんな流れになるだろうと踏んでいる。

だから、親から受け継いだ土地を売り、遠く、安く広い土地を買って、太陽光パネルを設置していると。

言ってみれば、彼は先祖代々の土地という呪縛からも解放されたというわけだ。
“パーフェクト フリー”というやつかな。

でも他の人からみれば、土星と天王星の重なった“変わり者”になってしまったのかもしれない。

友人A以外にも、日本中には、同じような守らねばならない先祖の地、地元に縛られていたことから解放され始めている人たちがいっぱいいるのだろう。
断ち切っているのだろうね。
地縁とか、地元の風習とか、昔からの祭りとか、町内会とか、先祖代々のお墓とか・・・。
パーフェクト フリー?

解放されるというのは・・・どうだろうね。

おっさん2人が、平日の昼間っから、青い空にドローンを飛ばして遊んでいる。
でも、子供のようにはしゃいでいるわけではない。

ドローンは東西南北、左右上下、どこへでも行けてしまう
だから余計に、どこへ行けばよいのか分からない

ドローンは風に弱い
少し強めの風が吹いただけでも揺らいでしまう

地に足が付いていないからね

風に吹かれても寄りかかるものが無い

遠い空の上にあっては、人にあまり気付かれることもなく

世の中を俯瞰して眺めている

ひとりポツンと浮いている

ブーンと音を立てているが、その音は誰の耳にも届かない

まったく“自由”とはこういうものだな。